親を憎むということ2

前回の「親を憎むということ」で
現在の私は親に対して「憎む」ような強い感情を抱いていないと言った。
でも、だからといって好きな訳ではないし、
思春期が生きづらかったことの原因の一部が親に原因があるという
考えを今のところかえる気はない。
ただ今の自分が今の自分であることは自分のせいというか
自分で選択したことなんだと思う。
確かにまだ、「インナーマザー」的な?絶対的な罪悪感みたいのが
私の頭ん中を支配して、なかなか親の価値観のしがらみ的なもの
が私の行動や考えを否定してきて思うように生きれなくて辛い時はある。
(いや、辛い時の方が多い)
だからそういう部分は親のせいだと思う。

でも、イジメもそうだけど、
親の価値観や性格を真に受けて
それで周りから浮いたのは親のせいだけれど、
そんな自分に気がついていながら、かわることができなかったのは自分のせいだと思う。
毎日のように親に怒られて、自己肯定感を下げられ、「どうせ努力しても私は駄目人間なんだ」
という負のスパイラルに陥れられたのは親のせいだけど、
その負のスパイラルから抜けだす努力をしないのは自分のせいだと思う。
自分のせいというとなんか誤解(結局自己責任論かよ!とかね)を招きそうだな。
なんて言えばいんだろ、親に嫌なことされたのは事実で
されたことに対して嘆いたり、怒ったりするのは絶対必要なんだけど、
親に責任をとれと言っても、
どうせやつらはとってくれないから
結局は自分がわるしか道がないんだと思う。
んで、それは例えば別にニートの人に自立しろって言う訳じゃなくて。
だいたいニートがいきなり、働くのってハードルがあまりにも高すぎるし。
要するに、「今の私が不幸になのは親のせいだ!」と思わなくてすむように
たとえニートでもニートなりに悔いのないように自分のために人生を全うすることだと思う。
例えば、「自分には恋人がいない。異性とうまく接せられないのは
親との関係が駄目だったからだ。親が憎い!」のなら、
やっぱり、頑張って恋人をつくるか
「恋人ができなくても私は私」みたいに駄目な自分を肯定するしかないんだと思う。
そうでないと、いつまでも親が憎くて、自分が辛いから。

繰り返し言うが私は親のことを好きではない。
少なくとも、私が今ニートなのが私のせいで、
コミュニケーションが上手く行ってないのも私のせいだとしても
親が私にひどいことをしたのは親のせいだし(親にもいろいろ事情があったとしても)
やっぱり許せない。
そんな「親を許せない甘えた自分」もやっぱり私の大切な1部分。
ちゃんと、自分の気持ちは尊重してあげたい。
だから、もしいつか自分が経済的自立が可能になれたら、
そんな夢が叶えられたら、
親と縁をきりたいと考えている。(戸籍上の意味では無く、離れて会わないようにするという意味)
縁をきりたいと思うのは、
実は過去の親との関わりだけが原因だけじゃなくて、
現在の親との関わりも原因だったりする。
今の親との生活に限界があるのだ。
私はよくブログで、親の前では良い顔をして、心の内面では死ねと思っている
と書いている。
だから、ブログを読んでる人には
親に自分の考えていることをぶつけてわかりあおうという努力をしないで、
陰でこそこそ愚痴をいう人という印象があるのではないかと思う。


でも、そんな自分でも1度お母さんに反抗したことがある。
母親が「自分だけが辛い辛い」と私たち家族を責めるので、
「私だって学生の頃お母さんに過剰なほど勉強させられて、怒られて
勝手に部屋をあさって、勉強以外の私の書いた絵とか捨てられて、友達と遊ぶこと禁止されて辛かったよ!」
とキレたことがある。
そうしたら「でもあなた勉強してよかったと思うでしょ?あなたのためにやったのよ」みたいなことを言われた。
んで、後日おばあちゃんから電話があって、お母さんを「いじめるのはよしなさい」と怒られた。

おばあちゃんは何もわかっていない。
そのときうちのお母さんは心の病にかかり、
家にいるのが辛くなってずっとおばあちゃん家で療養していた。
おばあちゃんは、お母さんを病ませて実家で療養するまで症状を悪化させた私たちに
「あなた大学で勉強して教養をつけたのに人の心(お母さんの心)もわからないのね」
と嫌味をいった。
なにを馬鹿なことを言ってるんだと思った。
お母さんはお姉ちゃんや私が心の病にかかり通院したとき軽蔑したではないか。
お母さんは「私を心配してくれ」、「大切に扱ってくれ」って態度とるけど
私が病気になって精神科に付き添ってもらってた時、お母さん怒ってたじゃない。
『私がせっかく苦労して育ててあげたのに、
精神科に通うことで、私を責める気なんでしょ』とでも
言いたそうな怒った目つきで私をみて思いっきりため息をついたじゃない。
心を病んだ私には一切心配の声をかけずに。
お姉ちゃんのときもそうだ。
精神科に通うお姉ちゃんを気が狂っているといい
精神科に通う人は心の弱い人といって馬鹿にしたじゃない。

そんなお母さんがいざ心の病にかかったときに
「心配してくれ、敬え」とかいうのはあまりに都合が良すぎるんじゃないかと思う。
「じゃあ、私が辛かった時のことも考えて」という私に対して
自分が犯した罪は認めないのに「いじめないで私を心配して」というのは都合が良すぎると思う。
私をさんざん否定してきたのにどうして、それをなしにして、
お母さんを敬えというのだろうか?
こんなことを書くと、お母さんが精神病になった時、
何にもしなかったように聞こえるがそんなわけではない。
家事全般をかわりにやったし、精神科に通うことを進めた。
お母さんの症状に合いそうな自助グループだって色々調べた。
でも、お母さんは精神科を拒絶した。
「私は心の弱い人間ではないからそんなとこいかない」と。
(その間にもお母さんの症状は悪化ししだいに寝たきりになるようになった)

結局精神科はおばあちゃんの勧めでいけるようになった。
鬱病」と診断された。
うちの母親の中では精神科は
「精神病になる人は心の弱い人だけど、
鬱病は心の病ではないので私は弱い駄目な人間ではない」
という訳のわからない理屈らしい。
んで
実家に帰ったらかえったで、
寂しいらしく
毎日2、3時間延々と「私辛いの。私は鬱病だから心の病気じゃないの」
というほぼ同じ内容の繰り返しと私たちが冷たいからうつ病になった的なことを電話で聞かなくてはならなかった。
(電話で相手するのは義務では「お母さんのためにやれ」とお父さんにたのまれた。)
しかも、家事全般は私とお姉ちゃんの仕事で(お父さんはいつも仕事が忙しいという理由で
家事はやらないし、お母さんの心の病気に関しては本格的には関わろうとしない。)
さらに当時、私とお姉ちゃんは大学の卒業年で卒業するためにいろいろ勉強したり、
就職活動をしていて多忙だった。
そんな辛い状況で学校や入社試験を夕方まで受けて
ヘトヘトになってかえったら、
父親が脱ぎ捨てた靴下を洗濯したり、料理して、アイロンして、
掃除して、ゴミの整理して、洗濯物たたんでもう疲れてるのに、電話の相手しなくちゃいけなくて
それで1日の大半が奪われ、
余った少ない時間で卒業するためにに頑張って勉強してるのに、
少しでもおかあさんに不満を言えば、
おかあさんがおばあちゃんを利用して私たちを一方的に責める。

おばあちゃんもおばあちゃんで、別にお母さんの理屈が正しいから行動してる訳ではない。
おばあちゃんは寂しいのだ。
老後をおじいちゃんとおばあちゃんの二人きりでいるのがさみしくて
娘(お母さん)がちょうど実家に帰ってきてくれたり、
うちのトラブルに関わることで、
日々の退屈な暮らしから目を背けようとしているのだ。
すくなくとも私にはそうにしかみえない。
だって、こっちがなにか言っても一方的にお母さんをかばうんだもの。
お父さんもめんどくさいという理由で、私が何言っても
お母さんの言い分を聞いた方が楽なので私の意見をまともに聞かず一方的に母親の意見を聞く。
そしてお母さんはそんなお父さんやおばあちゃんの気持ちを
意識的にか無意識的にか察知し
何か私たちが責めたりすると、お父さんやおばあちゃんをつかって攻撃する。
そんななにが正しいとかじゃなく、親や親戚の強い権力をもった人たちの私利私欲だけで物事をきめる
システムがうちでは普通で、
どうやっても子供の私の主張はまともに聞いてもらえない。
だから、やっぱり今のシステムが継続する限り、
私は本質的に自分のために生きることができないし、
私の心が崩壊してしまう。
だから、
できれば親とは離れて暮らしたい。
家族という鎖から解き放たれたい。

それをお姉ちゃんにいったら、
「やめた方が良いよ。
だって、いきなり親と縁切ったら、
お母さんショックで狂っちゃうし、
あなたも経済的に苦しくなるよ」と言われた。
たしかにそうかもしれない。
自立するには私に安定した経済力がないと成り立たないし、
おかあさんもショックで自殺して一生罪悪感を背負うのかもしれない。
一時期は、私が家族のもとを出て生きたいと思うと、
「親と離れたいけど、私のせいで憎んだり自殺されたりしたら、
どうしよう!離れたいのに離れられない!」
と不安でがんじがらめになっていた。
でも、それって私のせい?
私のせいで家族が自殺するの?
自殺するのは相手の勝手だと思った。
相手が自分の考えで決めたことで私のせいではないと思った。
(金不足で餓死したなら、だいぶ教育費を頂いていたので、私のせいの部分もあると思うけど)

ただ、それよりも経済力の方が駄目で。
ニートのくせに漫画家なんて目指しちゃってるし、
それでも、今のところ一番私の中では堅実な自立の仕方なんだけど(激甘)。
(●;好きなことなので頑張れる●経歴とか関係ない)
まあ、これは今後の切磋琢磨していろいろ方向転換しつつ、
堅実に自立の道を目指して、親と縁を切れるまでしっかりしたいと思う。
もし、それでも経済的な自立ができなかったら、(こんなご時世なので)
少なくとも、数年は親と一切連絡を取らないという期間を設けたいので、
親と離れる方法を見つけようと思う。
そうやって、一時でも親元を離れないと親子の関係はリセットできないと思うから。

もう私は今の親子関係は続けたくない。
結局「子供のくせに親に向かってなんてこというんだ!」って
子供扱いして対等に扱ってくれないから。
もし関わるなら「親子」じゃなくて「友達」だ。
意見しあえる対等な友達関係なら、少しは関われるような気がする。

だいぶ当時の怒りを思い出して感情的な文章になってしまった気がする。このエピソードは最近思いだしたのでまだ自分の中で整理できてないんだと思う。

インナーマザー―あなたを責めつづけるこころの中の「お母さん」

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